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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)852号 判決 1960年11月30日

控訴人(原告) 石沢米藏

被控訴人(被告) 茨城県教育委員会

(〃) 茨城県人事委員会

被控訴人 茨城県

原審 水戸地方昭和三三年(行)第六号(例集一〇巻三号59参照)

主文

被控訴人茨城県教育委員会及び同茨城県人事委員会に対する本件控訴を棄却する。

被控訴人茨城県に対する本件訴を却下する。

控訴費用ならびに控訴人と被控訴人茨城県との間に生じた訴訟費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立。

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人茨城県教育委員会との関係において、控訴人が茨城県那珂郡山方町立北富田小学校助教諭の地位を有することを確認する。被控訴人茨城県人事委員会が昭和三十二年十月二十六日付でなした控訴人の同年九月三十日付不利益処分審査請求を却下する旨の決定を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人茨城県教育委員会(以下単に教育委員会という。)及び同茨城県人事委員会(以下単に人事委員会という。)両名各訴訟代理人は各控訴棄却の判決を求めた。

控訴代理人は、ついで、昭和三十四年十月十六日の当審の口頭弁論期日において、被控訴人茨城県教育委員会を茨城県と変更する旨申立て、「原判決を取消す。本件を水戸地方裁判所に差戻す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、右請求が容れられない場合につき、予備的に、「原判決を取消す。被控訴人茨城県に対する本件を水戸地方裁判所に差戻す。被控訴人茨城県人事委員会が昭和三十二年十月二十六日付でなした控訴人の同年九月三十日付不利益処分審査請求を却下する旨の決定を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

被控訴人教育委員会訴訟代理人は、控訴人の被控訴人変更の申立に異議があると述べた。

第二、当事者(ただし、被控訴人茨城県を除く。)の事実上の陳述。

当事者双方(ただし、被控訴人茨城県を除く。)の事実上の陳述は、つぎの点を付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

一、控訴人の陳述。

(一)  被控訴人変更の申立について。

1 教育委員会を茨城県(以下単に県という。)に変更するのは、単に形式の変更にとどまり、なんら実質的に訴訟進行に影響するものでないから、当然許さるべきである(昭和二十九年三月十八日東京高等裁判所言渡判決参照)。また、本来各種無効確認訴訟は、本質的には処分の帰属主体を被告とすべきものであるが、訴訟の便宜と権利救済を容易にするため、処分庁を被告となしうべきものであるから、処分の無効、不存在を前提とする身分確認訴訟である本件の場合、被控訴人の変更は許されなければならない(最高裁判所昭和二十九年一月二十二日言渡判決参照)。とくに、現在の行政法上辞令を用いずに公務員の解雇の効力を生じさせることは不可能であるから、頭初教育委員会を被告として行政処分不存在の確認を求めたのも、控訴人としてはやむえないところであつた。

よつて、行政事件訴訟特例法第七条に準じて、被控訴人の変更を求める。

2 控訴人の給与の負担者は県であり、任命権者は県の教育行政機関である教育委員会であつて、市町村教育委員会は服務監督権を有するほかなんらの権限を有しない。したがつて、控訴人が県に対し身分の確認を求めるのは、確認の利益がある。

(二)  本件を原審に差戻すことを求める理由について。

原判決は、被控訴人教育委員会に対する本訴を不適法として却下したのであるが、控訴人は同被控訴人を県に変更したのであるから、民事訴訟法第三百八十八条により同被控訴人に対する本件を原審に差戻さねばならない。被控訴人人事委員会に対する本件も右と密接不可分の事実関係、法律関係に立つのであるから、原審に差戻さるべきである。かりに、両者が必要的共同訴訟の関係にないとしても、原審の法律解釈は、後に述べるように、新公務員制度を誤解し、憲法に違反するものであるから、同被控訴人に対する本件も原審に差戻さるべきである。

(三)  本案について。

1 免許状の失効とともに当然に教員たる身分を失うという法律解釈は憲法違反である。

(1) 公務員の身分保障と憲法。

憲法第十五条は、公務員を罷免することは、国民固有の権利であると定めている。この規定は公務員制度の基本をなすもので、その反面からいえば、公務員は法律に定める基準によらなければ罷免されないことを意味している。したがつて、正当な法律上の理由がないのに当然失職すると解釈することは違憲である。

(2) 当然失職の場合は制限列挙的にのみ定められている。

当然失職の場合は、地方公務員法第二十八条第六項に制限列挙されているのであつて、これ以外に当然失職はありえない。教育職員免許法は資格の授与を定めたものに過ぎないのであつて、任用罷免のことを定めたものでない。免許状を取得しても当然に任用されるものではないと同様に、免許状が失効しなからといつて、当然に失職するものではない。

(3) 控訴人の任用の性質。

公務員の任用には条件付採用と臨時的任用との二種類のほかないことは、地方公務員法第二十二条によつて明らかである。控訴人は臨時免許状によつて任用された者であるけれども、免許状の種類と任用の種類とは無関係である。同条第二項により臨時的任用を行うには一定の要件が存するのであるが、控訴人の場合はこれらの要件を具えていないのであるから、臨時的任用ではなく、条件付採用であつて、六カ月の条件付採用期間を経過すれば、六カ月前に遡つて正式採用としての効力を生じ、一般の公務員と同じく同法の身分保障規定の保護を全部受けるのである。

(4) 免許状の失効と地方公務員としての地位。

(い) 免許状が失効すれば、教育に従事する資格に影響を受けることはあるかも知れない。しかし、地方公務員の職務は教育に限るものではないから、これにより当然に地方公務員の地位を失うものではない。この地方公務員としての身分を失わせるためには、別に辞令を以て免職を発令することが必要である。

(ろ) 免許状の有効期間が三年であるということは、任用の期間が三年ということではない。

(は) 免許状を有することが教育職員たる身分を取得するための資格要件であると共に、その身分を継続するためにも必要であると解するのは不当である。すなわち、

(イ) 各県の実際の運用においても、免許状のない者を地方公務員として採用している。

(ロ) 三年間の教育経験により教職員としての適格性が増加しているのであるから、免許状が失効しても失職させる教育上の必要はない。

(ハ) 教育委員会が臨時免許状の失効を理由に罷免したのは、約九百名中控訴人一名のみで、他はすべて臨時免許状の有効期間を延長することも、任命を切りかえ新たに辞令を出すこともせず、臨時免許状失効のまま勤続させている。元来、臨時免許状は規定単位を取得しない者に交付しているものであるから、単位不足を理由にその期間を延長せず、失職したとするのは矛盾である。

(5) 臨時的任用と労働法の適用。

控訴人が臨時的任用であつて、地方公務員法の適用を受けないとすれば、憲法のほか一般労働法の適用を受けるのが当然であるが、控訴人に対する本件解雇は、労働基準法第二十条の規定に違背し、また、正当な理由がなく、かつ、信義則に違背してなされたものであるから無効である。

2 人事委員会の決定は不当である。

本件において、教育委員会は免許状の失効に籍口して控訴人に対し罷免の措置をとつたのであつて、行政権の濫用である。かかる事案について、不利益処分の審査を請求した場合、人事委員会は免許状授与についての検定における合格、不合格の取扱の当、不当、適法、不適法を含め広義の行政処分を当然審査すべきであつて、これを狭義の行政処分に限るのは、地方公務員法に違反する。もし、同法の規定の趣旨がこのように解せらるべきものであるならば、同法は憲法に違反し無効の法律である。

二  被控訴人教育委員会の陳述。

(一)  被控訴人の変更について。

1 行政事件訴訟特例法第七条は、抗告訴訟について特例として認められた規定であつて、広くこれを公法上の当事者訴訟に準用することはできない。すなわち、同法第七条は、被告たる行政庁を誤つたために出訴期間を徒過し、出訴の機会を失うことを防止する趣旨であるから、出訴期間に制限のない当事者訴訟については、民事訴訟法に従うべきであつて、被控訴人の変更は許されない。本件においては、なんら行政処分が存しないのであるから、その取消、変更を求める抗告訴訟でないのはもちろん、行政処分の無効確認を求めるものでもなく、控訴人が山方町立北富田小学校助教諭たる地位ないし身分を有することの確認を求めるものであるから、同法第七条の趣旨からみても、その準用は許されない。

2 かりに、被控訴人の変更が許されるとしても、教育委員会を県に変更することは不当である。県は、本件身分確認の訴において、当事者適格を有しない。すなわち、市町村学校の職員の任命権は、都道府県教育委員会に属するものであるが、その職員の勤務を供する学校が市町村の設置するものであり、その勤務が市町村の公務とみられること、市町村教育委員会が内申権、服務の監督権を有することなどから判断すれば、市町村学校の職員の給与が都道府県の負担するところであつても、同職員の身分は市町村に属するからである。

(二)  本案について。

1 控訴人の主張(三)1、(3)について。

控訴人の任用が臨時的任用でないことは認める。

2 同(三)1、(4)、(は)、(イ)について。

助教諭の職に就こうとする者に、まだ免許状を本人に交付していない場合であつても、任命権者において、免許状の取得確実の者を採用発令し、後に助教諭免許状を授与したことはある。助教諭免許状は、普通免許状を有する者を採用できない場合に限り、教育職員検定に合格した者に授与するものであるから、その性格からも、授与手続が遅れることがありうるのであつて、学校運営上の喫緊的必要ならびに事務手続上やむをえずとつた措置である。

3 同(三)、1、(4)、(は)、(ハ)について。

助教諭免許状の有効期間満了後においても、その後助教諭免許状を取得した場合には、あらたな任用行為をしなくても、助教諭の身分は継続するものと解し、あらためて任用行為をしていない。

第三、被控訴人茨城県の陳述。

被控訴人茨城県訴訟代理人は、同被控訴人は本件身分確認の訴において、当事者適格を有しないと主張し、その理由とするところは教育委員会代理人が前記二に述べたところと同一であるから、前掲の同記載を引用する。

第四、証拠関係<省略>

理由

第一、被控訴人変更の申立について。

控訴人は、被控訴人教育委員会を県に変更する旨申立て、右変更は行政事件訴訟特例法第七条の準用によるものであると主張している。

控訴人は、はじめ、訴状において、「教育委員会が昭和三十二年七月三十日付で同年八月一日原告(控訴人)に対しなした原告の茨城県那珂郡山方町立北富田小学校助教諭の職を免ずる趣旨の行政処分は不存在であることを確認する。」との判決及び予備的に「右行政処分は無効であることを確認する。」との判決を求めたのであるが、後に、原審口頭弁論期日において、右請求の趣旨を改め、右行政処分の不存在または無効を前提として、「原告が右助教諭の地位を有することを確認する。」との判決を求め、原判決によつて、このような当事者訴訟については行政庁である教育委員会は当事者能力がなく、従つて不適法な訴であるとし却下せられたので、これに対し控訴を申立て、右と同趣旨の確認の請求をなし、さらに、当審における審理中、被控訴人教育委員会を県に変更する旨申立てた上、ついで、控訴の趣旨を変更して、原判決を取消し、被控訴人県に対する本訴を原審に差戻す旨の判決を求めているのであつて、以上の経過は、記録に徴し明らかである。控訴人は、県に対する本訴において、右のとおり、原審への差戻を求めているけれども、県に対する本案請求の趣旨が教育委員会に対する請求の趣旨と同一であつて、身分の確認を求めるものであることは、以上の経過の示すところである。

右のように、本件は抗告訴訟ではないのであるから、これに対し行政事件訴訟特例法第七条の適用のないのはもちろん、また、その準用あるものと解することもできない。すなわち出訴期間の定める取消訴訟においては、原告が被告とすべき行政庁を誤るときは、そのために出訴期間を徒過することとなり、後に、正当に被告とすべき行政庁に対しあらためて訴を提起しても、出訴期間徒過の一事により救済を受けられなくなる。同法第七条の規定が、民事訴訟法の原則に対する例外として、被告の変更を許したのは、主として、右のような事情によつて、違法な行政処分に対する救済の途が失われることを防ぐのが目的であることは、同条第二項の規定によつて推知することができる。なお、同法第三条が、同法第二条の訴すなわち取消訴訟は、特別の規定のある場合を除いて、処分をした行政庁を被告としてこれを提起しなければならないと定めたため、本来の原則に従えば行政処分に係る事務の帰属する国または公共団体を被告として提起するはずの訴を、行政庁を被告として提起しなければならなくなつた。しかも、被告とすべき処分行政庁がどの行政庁であるかは、必ずしも、部外者にとつて明らかでないため、原告が被告とすべき行政庁を誤まるおそれが少なくないわけである。このことは、右第三条のもたらす結果であるから、これを救済することもまた右第七条の趣旨の一つであると考えられる。

しかるに、本件身分確認の訴にあつては、出訴期間の定めはないし、また、本来公共団体を被告とすべきものであつて行政庁を被告としなければならない場合(同法第三条の適用せられる場合)でもない。すなわち、右に説明したような同法第七条の規定の立法目的とするところがいずれも本件には当らないのである。してみれば、本件について同法第七条を準用する理由は全く存しないのであるから、同条の準用により本件被控訴人の変更が適法であるという控訴人の主張は採用することができない。そして、被控訴人教育委員会を県に変更するというのは、県に対して新訴を提起することにほかならないところ、右被控訴人変更の申立は、以上説明のとおり、不適法であるから、県に対する本訴は不適法として却下すべきである。

第二、被控訴人県教育委員会に対する請求について。

当裁判所は、原判決の理由に記載するところと同一の理由によつて、控訴人の被控訴人教育委員会に対する本訴は不適法で却下すべきものと判断する。よつて、ここに右理由の説明を引用する。従つて、この点に関する原判決は正当で、本件控訴は理由がないから、これを棄却すべきである(控訴人は被控訴人教育委員会を県に変更する旨の申立をしたのであつて、右申立は教育委員会に対する訴の取下を含むものと解せられるのであるが、右変更が許されない以上、教育委員会に対する訴は、なお、当審に継続するものと解せられるから、主文において右控訴を棄却する。また、差戻判決は常に職権をもつてなされるものであつて、当事者に対し一般的にこのような訴訟上の申立権を認めていないのであるから、控訴人の差戻の申立に対しては特に主文においては差戻判決申立の却下の宣言をしない。)。

第三、被控訴人人事委員会に対する請求について。

当裁判所は、さらに審究した結果、つぎの点を補足するほか、原判決の理由に説明するところと同一の理由によつて、教育委員会が控訴人に対して昭和三十二年七月三十日付文書を以てなした、免許状が失効したので失職になつた旨の通知は、地方公務員法第四十九条にいわゆる不利益処分に該当しないから、控訴人が、これを不利益処分であるとして人事委員会に対してなした審査請求を、右の理由によつて却下した人事委員会の決定は正当であると判断する。よつて、ここに原判決の右理由の説明を引用する。

控訴人は、地方公務員法が、本件審査請求を却下すべきものと定めたと解釈せられるならば、同法は憲法に違反する無効の法律であると主張している(前掲事実摘示第二の一(三)の2)。

しかし、行政処分の存しない場合に、不利益処分に対する審査請求を却下することは、当然のことであるし、これを却下するのが、地方公務員法の規定の結果であるからといつて、本件事案のような場合に、控訴人が助教諭の身分を有することを主張して争う途(たとえば、控訴人が現に行つているように、県または町に対し身分確認の訴を提起すること。)がないわけではないから、地方公務員法が公務員の身分を保障する憲法の規定に違反するものとはいえない。

従つて、右決定の取消を求める控訴人の人事委員会に対する本件請求は失当で、これを棄却した原判決は正当であるから、控訴人の人事委員会に対する本件控訴は失当として、これを棄却すべきである。

第四、以上説明のとおりであるから、控訴費用及び控訴人と県との間に生じた訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第九十五条、第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 薄根正男 村木達夫 元岡道雄)

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